中村梧郎 フォトジャーナリスト

中村梧郎先生との出会いは、【視点】という全国公募展(フォトコンテスト)の表彰式&パーティーを展示会場の「東京都美術館」で行った際、2次会ということで近くの商店街の居酒屋に案内されたときのことだ。

たまたま隣に座ったのが、中村先生だった。

僕が中村先生に瓶ビールをコップに注いでいると、正面にいる方が、
「中村先生はベトちゃん・ドクちゃんを取材したフォトジャーナリストなんだよ」
と言われた。

「ベトちゃん・ドクちゃん」はベトナム戦争のときにアメリカ軍が枯葉剤をまき、それを浴びた女性が妊娠した際、双子の赤ちゃんがくっついて生まれて来てしまった戦争の負の遺産である。

僕は中村先生にたずねた。

僕:「ベトナム戦争は東西冷戦下でのイデオロギー対決だったと理解しているんですが、なぜソヴィエトは兵を出さなかったんですか?」

中村先生:「多くの人があの戦争を資本主義陣営と共産主義陣営のイデオロギー対決だと思っているね。そりゃそうだよ。アメリカ政府だって国民の理解が得られなかったら戦争なんてできるもんじゃないから、方便(ほうべん)としてイデオロギー対決だとプロパガンダをはったんだよ。東南アジア諸国の共産主義化を阻止するためにというふれこみでね」

僕:「それじゃ、本当の目的は何だったんですか?」

中村先生:「アメリカの東南アジア諸国における植民地政策だよ」

僕は驚いた。
盲点をつかれた回答だったからだ。
確かにカンボジアにおいて、ポルポトが共産主義化しようとして失敗はしていたが、東欧諸国のように共産主義化していくことはなかった。

僕:「それじゃ、あの時代においても【帝国主義】による政策で、力による支配で他国を奪い取ろうとしていたのですか?」

中村先生:「そうだね」

僕:「あっ、やられった。俺もだまされていた~」

中村先生:「あははは~、みんなそんなもんだよ」

僕:「でも、俺はあの時代のアメリカが好きなんですよ~。プロテスト・ソングをジョン・レノンやボブ・ディランが歌い、『ベトナム戦争』を国民に問いかけ、キング牧師が市民に反戦を訴えた。ちょ~、かっこいいなと思って。俺も、フォトジャーナリストですからね。売れてないけど…。表現者のはしくれですからね。時代を動かしたい…。だけど難しいっす。俺のテーマを言葉にすること自体難しいです。社会の欠陥は見えるんですけどね。これをどう表現したら一般の人に理解してもらえるのかわからない。知識も思索力もない。完全なる勉強不足です…」

するとそんな話を聞いていた正面の人が
「中村先生のゼミ受けてみたら?月に1回「現代写真研究所」っていうところでやっているからさ。栃木県からだったら余裕で通えるでしょ」

僕:「ぜひ。喜んで受講します!」

やばい、受講料の9万円までもうちょっとかかる~。
その前に中村先生からハガキきちゃったよ。
「テレビ東京」が作ったDMか~。

とりあえず、写真撮りま~す!!



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朝の5時頃、爆音が聞こえたので外へ出てみたら車が畑に突っ込み電柱にぶつかっていた。 アホです。 普通じゃ突っ込めないところにハマってる。

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