至誠を掲げる硬派の集団 谷中次夫 真岡市 栃木県 【真岡高校サッカー部】


 

 

谷中次夫先生 取材-2007.09

真高優勝実績

・新人戦-6回

・関東大会-10回

・インターハイ-7回

・冬の選手権大会-11回

県内初のサッカープロチームとしてJ2昇格に邁進する「栃木SC」

このチームに所属する選手の多くが、県内最多優勝実績を誇る真岡高校の卒業生であることを皆さんはご存知だろうか。

これらはキープレイヤー達の指導者であった現益子芳星高校サッカー部顧問、谷中次夫先生にインタビューしたものである。

「栃木SC」の前身は「栃木教員」と言って俺もそこのOBだったんだよ。今、「栃木SC」で頑張っている教え子達もよくやっているね。今期、上野優作が帰って来てとても嬉しいよ。彼はJ2昇格請負人だから。 最近、只木が試合に出るようになってからよくなってきた。やっぱり只木が出なくちゃダメだと皆言っているよ。足が速くてスピードがあって名ドリブラーだ。ドリブルで仕掛けて崩す。彼の持ち味だよ。只木や堀田が出て国体3連覇したからね。でも、彼らは仕事とサッカー、二足のわらじでやっているから大変だよ。只木は宇都宮白楊高校の教え子を1度冬の選手権大会に連れて行っているし、今年は関東大会にも連れて行っているからね。

とにかく上野優作に期待しているよ。高校の時から彼は背が高いし、真面目だし、なんと言ってもハートが強い。チームの大黒柱だったね。勉強もできてスポーツもできる。たまにそういう奴っているんだよ。 堀田は、1年生の時からレギュラーで試合に出ていて彼のサッカーセンスは一流だね。平成5年度の栃木インターハイではキャプテンとして選手宣誓も務めてね。中盤の選手としてはロングパス、ミドルパス。ゲームメーカーとして素晴らしい選手だった。 槙は西那須から来て1ヵ月位俺の家に合宿していたんだよ。彼は中盤の選手だったけど、やっぱり真面目なところからセンターバックとして起用したんだ。正解だったよ。鉄壁の守りをしてくれて最終ラインを動かしながら相手チームのフォワードに絶対負けなかったからね。 種倉はテクニシャンだったね。プレーが柔らかくて何かやってくれる期待が持てる選手だった。俺も長年監督してきたけど平成5年度のチームは好きな事ができたね。ワンツー、壁パス。細かいパス、もちろん長いパスにも対応して南米型、あるいはヨーロッパスタイルを目指していたから。 菊地は高校の時サイドバックだったかな。背は低いけどヘディングのタイミングはうまいよ。足も速くてオーバーラップが得意な選手だった。テクニックがあったからね。「栃木SC」ではボランチやっていたけどね。筑波大学では中山ゴン(ジュビロ磐田)と一緒にプレーしてるよ。

どの教え子達にも共通することたけど、皆頭がいいから立派なプレイヤーになれるんだ。サッカーは刻々と変わる場面の中で周りが見えて、瞬時に状況を判断してプレーしていかなければならない。あるいは相手がどんなことをやってくるのかを予測し、布石を打たなければいけない。それができなければ試合には勝てないんだ。セオリーなんてものはないんだよ。個々の選手が自ら考えて答えを導き出さなければならない。「栃木SC」の教え子達は皆それができるんだ。

「栃木SC」は「おらがチーム」。地域の人達の努力でやっとここまで来たんだ。栃木県民の支援無しではやっていけない。だから、「栃木SC」をサポートしてやりたいと思っている。地域の人間皆のチーム。そして「栃木SC」は、それを自覚しサポーターに夢を与えなければいけない。それにはまず、J2に上がらなくちゃね。

 

只木章広 選手(S50.4.16 ― 御幸小-鬼怒川中)

 

上野優作 選手(S48.11.1 ― 真岡西小-亀山小-真岡中)

 

堀田利明 選手(S50.4.29 ― 真岡西小-真岡中-真岡西中)

 

福田智保 コーチ(S46.4.6 ― 旧祖母井小-芳賀中)

 

槙剛 コーチ(S50.10.28 ― 西那須野東小-西那須野中)

 

種倉寛 選手(S51.9.25 ― 真岡西小-真岡中-真岡西中)

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