『近衛兵』の「坂本鉄二郎じいちゃん」と、「いとこ」の池田健ちゃん 真岡市

僕の「じいちゃん」は、第二次世界大戦中『近衛兵』として天皇陛下を護るため、皇居の門番をしていました。
小学生のときに父から「お前のじいちゃんは『近衛兵』だったんだぞ!」と言われました。当時は小さかったので「何それっ?」みたいな感じでした。父は「顔が良くなくちゃなれないんだぞ!」とも言っていました。小さかった僕はますます混乱してしまいました。
大人になってから「『近衛兵』とはなんぞね」という好奇心からいろいろと調べてみました。ただただ驚愕です。書物には「君主を護るための精鋭部隊」と書いてありました。第二次世界大戦中の君主は昭和天皇です。昭和天皇の命をまもるために、銃弾の盾になるため、僕の「じいちゃん」は皇居で門番をしていたのです。
東京大空襲ではアメリカ軍の焼夷弾を用いた大規模な戦略爆撃があり、たくさんの方が亡くなりました。そしてこの戦争に終止符をうったのは、長崎県・広島県への原爆投下です。過酷で厳しく生きるという普通の生活でさえ困難な時代でした。そんな特殊な時代の中において「じいちゃん」が君主の盾となるべく任務に命をはったということは、孫の僕にとっては誇らしく尊敬に思えることです。
今年の3月8日、東京都港区の日本消防会館(ニッショーホール)で「いとこ」の池田健ちゃんが、永年勤続功労章(総務省消防庁)を授与されました。長年、消防団に貢献してきたことが評価されたのでしょう。
池田健ちゃんのお父さんは、消防署の職員でした。そういったことから消防団に入ったと思いますが、とても大変なご苦労があったと思います。通常の仕事をしながらの完全ボランティアですから。しかし池田健ちゃんは、そんな苦労も笑い話にして、僕たち年下の「いとこ」たちに楽しい話しをしていました。
義務で消防団をやらされているわけではないのです。自ら望んで市民のために、街に暮らす人たちの安全のために【命】をはってきたのです。

なんか命をかけちゃうんでしょうね。天皇陛下を護った「じいちゃん」と孫の「池田健ちゃん」。

不思議な血筋ですね。

※左から3番目、坂本鉄二郎じいちゃん

※左・池田タイ子(娘)   右・池田健(孫)



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